理解するための英語、表現するための英語

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いつもお邪魔するLAT37N"さんの、それでも英語は難しいというエントリーを読んで、久々に自分の英語について考えちゃいました。

私が日本にいた頃の英語力は、海外出張に必要な(=会社が設定した)TOEICのスコアをクリアし、(外資系の会社の)仕事で英語のマニュアルを読み、時に日本人以外の相手と英語でメールをやりとりする。。。位。 ところが、海外で生活したことの無かった私が、USで生活をはじめた途端、自分の英語力に愕然。
いえいえ、自分の専門分野の話であれば、新聞であれニュースであれ 「あら、私ネイティブかしらん♥」と、自分で惚れ惚れするくらい^^;、よくわかるのですが、一歩その領域を出ると途端に理解力がダウンしてしまうのです。

そこで自分なりに自分の英語の弱点をレベルアップすべく、例えば社会面と政治関連のニュースの理解力上げるとか、小説を多く読むとか(理系出身の技術屋で、論文・マニュアルなどの英語に接することが多かったせいか、英語での表現力があまりにしょぼかったので)を心がけてきました。

でもね、最近、これだけじゃ駄目だ・・・と。
確かに、社会面と政治関連が少しまともになったら、次、医療・保険、年金、教育もいってみようとか、そういう方向もあるのですが、でも、私の英語力全体として、これだけじゃ駄目だと。

聴くこと、読むことは英語という言語を通して何かを理解すること。 これは、多分、普通に大丈夫。 勿論若者言葉の会話はわからなかったり、笑いのテンポがずれてしまったりするけれど^^;、まぁ、それはそれとして、私にとって英語は、とりあえず何かを理解することのツール、手段になっている。

でもね、英語で話すこと、書くことが、自分を表現することの手段にはなっていないのです。 そして、どうすればここをレベルアップできるのか、よくわからない。 
それがもどかしいというか、情けない。

毎回、ダンスの例を挙げて申し訳ないですが^^;、これもきっとダンスと同じで、美しい、完璧なダンサーのステップを何百回も観て頭で理解しても、自分ではできないのと同じで、人様にお見せできないような姿を鏡の前にさらして(一人孤独に^^;)何回も練習するしかないのかな・・・と。 

その練習方法として、LAT37Nさんがおっしゃっている 「幾つか、パターンを作って用意しておく」 っていうのが、なかなか良さそうです。 自分の生活にあったパターンを用意して使ってみる。

その昔、尊敬するダンスの先生から 「自分の得意なところと、自分の不得意なところを人の何倍も練習しなさい。 後は放っておけばいいのよ、勝手についてくるから。」 と教わったことを、事あるごとに実践に適用してきた私^^;。

今は、英語を、自分を表現するための手段 にすることに、人の何倍も時間をかける必要がありそうです。
はぁ~、たかが英語なんですけれどね。 なかなか自分の言葉にはなってくれません。
多分、一生無理。 でも、やっぱり続けるしかないな・・・。
 
 

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このページは、WebMasterが2009年2月 8日 20:00に書いたブログ記事です。

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